プロフィール

学歴

駿台甲府高校卒(1年間カナダへ留学)
上智大学文学部新聞学科卒

職歴

2007年4月~ ぴあ株式会社(サービス開発→ソリューション営業)
2013年6月~ 日本出版販売株式会社(店頭マーケティング)
2017年1月~ フリー株式会社
(インサイドセールス→カスタマーサクセス→コミュニティマネージャー)
2022年8月~ 太陽グラントソントン・アドバイザーズ株式会社(コンサルタント)

居住地

山梨県甲府市出身、南アルプス市在住。
大学進学と同時に上京。以来東京在住、2021年6月にUターン。
現在は東京⇔山梨の2拠点生活。
会社員とコンサルタント、コーチ・研修講師のスラッシュワーカー。

趣味

スノーボード、サッカー観戦、「いぎなり東北産」を推すこと。
5匹の猫との暮らしを満喫中。

今後の目標

将来の野望は、多拠点生活、保護猫施設の運営、シニア女性限定のシェアハウス運営。

昭和生まれ、ミレニアル世代です。

 中高一貫校で良い仲間に恵まれ、 高校ではサッカー部マネージャー、地元サッカークラブのボランティア、留学と、とても楽しく過ごしていました。 高校時代のもろもろの経験のおかげで大学進学も一般推薦入試で突破することができ、 大学入学までは大した挫折もせずに人生を歩んで来たと思います。

ところが…
東京に出たら、地頭がいい人、勉強ができる人、家柄がいい人、芸能人、まあすごい人がゴロゴロいるわけです。
しかも皆んな「あれがしたい」「これがしたい」という意思がある。「『いい』大学に進学して、『いい』会社に就職して、定年まで勤めあげることが『いい』ことだ」と信じて疑っていなかった私。
「大学は行くものだから行く」ぐらいにしか考えていなかった私は、すっかりアイデンティティクライシスに陥ります。
 就活も全くうまくいかず、なんとか内定をいただいた企業に滑り込みました。

 就職したあとも自分の軸を持たず、「滅私奉公」「はい、よろこんで」のような固定概念で働いていたため、 最後には心の風邪を引いてしまいました。(在職中にご迷惑をお掛けした皆様、本当にごめんなさい。)
 「とにかくホワイトな会社に行きたい」と選んだ2社目でも相変わらず自分の軸がなかったため、漫然と働く毎日。
 そこで晴天の霹靂。大きな病気こそしたことがなかった父が、膵がんに罹患してしまったのです。
治療のかいもなく、約8ヶ月、68歳で他界。私は大きなショックを受けるとともに、「私もいつ病気になったり、この世からいなくなるかわからない。このままでいいのだろうか。」と転職を考えるようになりました。

「自分は何がしたいのか」

明確な考えは当時持てませんでしたが、「どういう生き方がしたいのか」ははっきりさせることができました。
それは「時間と場所にとらわれずに働けるようになりたい」ということでした。
 父が入退院を繰り返していた時に数えるほどしか帰省できませんでしたし、会いたい時に会いたい人に会い、行きたい時に行きたい場所に行っておかないと後悔する。そう思ったからです。

(ここから先がまた短絡的で大変恐縮なのですが)
「資格も何もない私は、ビジネス能力をもっとあげなければいけない!そうだ、ベンチャー企業に行こう!」と考え、運良く入社したのがITベンチャー企業でした。
意気揚々と入社したのも束の間、それまでの会社とのあまりのスピード感や求められる仕事の質の違いから、すっかり自信を無くし人生の暗黒期に突入。

そんなタイミングで出会ったのがコーチング。

人として、ビジネスマンとしてのマインドセットを根本から見直し、人生で初めて「仕事が楽しい」と思えるようになりました。
その後は習得したコーチングスキルで、セルフマネジメント力が上がったことに加え、カスタマーサクセス(既存顧客マーケティング)として活躍できるように。ありがたいことに2度、社内表彰もいただきました。
習得したコーチングスキルは対顧客コミュニケーションだけでなく、採用面接やプロダクトフィードバックといった側面でも 大いに役立ち「全人類コーチングをやった方がいい!」と感じ、その後講師の資格を取得しました。

 ITベンチャー企業では色々なお仕事を任せてもらい本当に楽しく、充実した日々を送っていたのですが、 約3年ほど経った時にコロナ禍が到来。フルリモート勤務に。
「山梨で生活をしたい」という想いはずっと持っていたので、賃貸マンションの更新を機にUターン。
出社方針に切り替わったところで現在の会社に転職、契約社員となり、本格的に個人事業主としての活動をスタートさせました。
山梨と東京を行ったり来たりして、県内外にクライアントさんを持つ働き方は私にとても合っていて、日々貴重なご縁をいただきながら人生を楽しんでいます。

 コーチングに出会っていなかったら今の私はありません。
「フリーランスになろう」なんて発想は持たなかったでしょうし、 きっと今でも自分の意思を持たないポンコツ会社員のままだったと思います。
 コーチングは技術で、技術はトレーニングで誰にでも身につけられます。

 もし今、あなたが自分の人生で暗いトンネルの中にいるのであれば、ぜひ一度お話ししましょう。
あなたの人生の何かのきっかけになれれば幸いです。

昭和生まれ、ミレニアル世代です。

 中高一貫校で良い仲間に恵まれ、 高校ではサッカー部マネージャー、地元サッカークラブのボランティア、留学と、とても楽しく過ごしていました。 高校時代のもろもろの経験のおかげで大学進学も一般推薦入試で突破することができ、 大学入学までは大した挫折もせずに人生を歩んで来たと思います。

ところが…
東京に出たら、地頭がいい人、勉強ができる人、家柄がいい人、芸能人、まあすごい人がゴロゴロいるわけです。しかも皆んな「あれがしたい」「これがしたい」という意思がある。「『いい』大学に進学して、『いい』会社に就職して、定年まで勤めあげることが『いい』ことだ」と信じて疑っていなかった私。
「大学は行くものだから行く」ぐらいにしか考えていなかった私は、すっかりアイデンティティクライシスに陥ります。就活も全くうまくいかず、なんとか内定をいただいた企業に滑り込みました。

 就職したあとも自分の軸を持たず、「滅私奉公」「はい、よろこんで」のような固定概念で働いていたため、 最後には心の風邪を引いてしまいました。(在職中にご迷惑をお掛けした皆様、本当にごめんなさい。)
 「とにかくホワイトな会社に行きたい」と選んだ2社目でも相変わらず自分の軸がなかったため、漫然と働く毎日。
 そこで晴天の霹靂。大きな病気こそしたことがなかった父が、膵がんに罹患してしまったのです。治療のかいもなく、約8ヶ月、68歳で他界。私は大きなショックを受けるとともに、「私もいつ病気になったり、この世からいなくなるかわからない。このままでいいのだろうか。」と転職を考えるようになりました。

「自分は何がしたいのか」

明確な考えは当時持てませんでしたが、「どういう生き方がしたいのか」ははっきりさせることができました。それは「時間と場所にとらわれずに働けるようになりたい」ということでした。
 父が入退院を繰り返していた時に数えるほどしか帰省できませんでしたし、会いたい時に会いたい人に会い、行きたい時に行きたい場所に行っておかないと後悔する。そう思ったからです。

(ここから先がまた短絡的で大変恐縮なのですが)「資格も何もない私は、ビジネス能力をもっとあげなければいけない!そうだ、ベンチャー企業に行こう!」と考え、運良く入社したのがITベンチャー企業でした。
意気揚々と入社したのも束の間、それまでの会社とのあまりのスピード感や求められる仕事の質の違いから、すっかり自信を無くし人生の暗黒期に突入。

そんなタイミングで出会ったのがコーチング。

人として、ビジネスマンとしてのマインドセットを根本から見直し、人生で初めて「仕事が楽しい」と思えるようになりました。
その後は習得したコーチングスキルで、セルフマネジメント力が上がったことに加え、カスタマーサクセス(既存顧客マーケティング)として活躍できるように。ありがたいことに2度、社内表彰もいただきました。
習得したコーチングスキルは対顧客コミュニケーションだけでなく、採用面接やプロダクトフィードバックといった側面でも 大いに役立ち「全人類コーチングをやった方がいい!」と感じ、その後講師の資格を取得しました。

 ITベンチャー企業では色々なお仕事を任せてもらい本当に楽しく、充実した日々を送っていたのですが、 約3年ほど経った時にコロナ禍が到来。フルリモート勤務に。
「山梨で生活をしたい」という想いはずっと持っていたので、賃貸マンションの更新を機にUターン。
出社方針に切り替わったところで現在の会社に転職、契約社員となり、本格的に個人事業主としての活動をスタートさせました。
山梨と東京を行ったり来たりして、県内外にクライアントさんを持つ働き方は私にとても合っていて、日々貴重なご縁をいただきながら人生を楽しんでいます。

 コーチングに出会っていなかったら今の私はありません。「フリーランスになろう」なんて発想は持たなかったでしょうし、 きっと今でも自分の意思を持たないポンコツ会社員のままだったと思います。
 コーチングは技術で、技術はトレーニングで誰にでも身につけられます。

 もし今、あなたが自分の人生で暗いトンネルの中にいるのであれば、ぜひ一度お話ししましょう。あなたの人生の何かのきっかけになれれば幸いです。

上部へスクロール